不自由を選択するからこそ、自由になれる!

くまおうのはなし(Facebook)
スポンサーリンク

 

今日は、不自由になることを選択する

ことで、そこではじめて自由になる

ことができるよって、話をして

いきます。

 

 

スポンサーリンク




 

えっ、不自由になることを選択して

しまえば、単純に不自由になるだけ

ではないのって思ったのではない

でしょうか。

 

もっとも、不自由になっては

しまうのですが、その代替として

その分だけ自由になるという感じ

になります。

 

意味合いは違うのですが、

分かりやすい表現だと、犠牲という

ニュアンスになるのかもです。

 

ただ、犠牲とは違い、失うという

要素が含まれないものには

なります。

 

イメージだと、全体の自由度は

変わらないのですが、その配分が

変わってしまうというものに

なります。

 

例えば、不自由を20%選択すれば

その20%分だけ自由が増すって

感じになります。

-20%+20%=0%=100%

 

0%を100%に置き換えた方が

分かりやすいかもしれません。

 

もちろん、この場合での100%

という基となる基準は、決して

固定的なものではなく、

成長をすればするほど

それに比例して、100%の値も

大きくなるので、常に変化をしていく

ものでもあります。

 

分かりやすくするための便宜として

具体例を挙げさせていただきました。

 

抽象論だけだと分かりにくいと

思うので、ここからは、より具体的に

話を進めていきます。

 

あなたは、仮にアルバイトや仕事を

しているとしたならば、必ずと言って

いいほど、時間を売って、その代償に

給料をいただいているという関係が

成り立っていますよね。

 

これがまさしく、自由な時間を

過ごせなくなるという不自由を選択

することによって、給料をいただく

ことにより実現される好きなものを

買うことができるという自由を

手にすることが出来るということに

他なりません。

 

これだけだと、そんなの知っているし

当たり前じゃんってなると思うので

ここからは少しだけ踏み込んだ話を

させていただきます。

 

今挙げた例だと、時間と給料との

交換にはなるのですが、この関係も

絶対的なものではなく、色々な

関係が成り立ちます。

 

ただし、その関係が成り立つのは

例外なくイコールの関係となる

等価交換である必要があります。

 

このことは、そもそものお金の

本来的な役割となる価値と価値の

交換としての機能が鮮明に発揮

されているものになります。

 

例えば、サービスVSお金、

サービスVSサービス、

サービスVS物などといった

サービスを価値の基準として

それに代わるものだけであっても

色々なものがあることが分かって

いただけたのではないでしょうか。

 

ここで重要な点は、サービスの

中身は、それを受けるとありがたく

思えるような、およそ手間あるいは

時間をかけるというものになる

ということなのです。

 

そして、この手間あるいは時間を

かけることこそが、くまおうの言う

不自由を選択するということに

なります!!

 

ちょっと話が脱線してしまいますが、

給料を得ること一つにしても、

その方法はさまざまあるという

ことにもなりますよね。

 

くまおうの個人的な感覚だと、

就職をすることしか給料を得る

選択肢がないみたいな雰囲気を

感じてしまいますが、決して

そんなことはないということが

少しは分かっていただけたの

ではないでしょうか。

 

ようは、あなたがどういう

価値(=不自由)を

提供できるのかに応じて

自ずとどういう価値、対価

(自由)を得られるのかが

決まってきます。

 

このことが分かってしまえば、

自由を積極法で選択をしていき、

そのことによって、

そこでは見えてこなかった

その選択をすることによる

不自由が顕在化してくると、

そこに不満が出て来てしまうという

サイクルを回避することができる

のです。

 

ようは、不自由を選択することから

考えるという発想をすると、

ある自由を選択する時に生じる

デメリット(不自由)を考慮した

うえで、自由を追求していくという

合理的な発想ができることに

なります。

 

メリットとデメリットとをきちんと

比較したうえで、それをするのか、

しないのかという選択を合理的に

することが可能になります。

 

こうしたデメリット管理や

デメリット予測が

予めきちんと出来ていないと、

メリットを得ることしかイメージ

が出来ないことから,ひとたび

デメリットが少しでも顕在化して

生じてしまうと、

「こんなはずじゃなかった」という

心の声が発せられてしまうのでは

ないでしょうか。

 

今日は、不自由を選択するから

自由を手にすることが出来るという

一見すると本末転倒みたいな表題

ではありましたが、実はこの発想

をすることの方が、より自由を

手にする可能性を合理的に上げる

ことにもつながるということを

あなたにお話させていただきました。

 

では、またね。

 

愛と知恵で溢れる

幸せの向こう側へ

 

 

くまおう

 

コメント